庶民の雛壇
雛のつるし飾りは、静岡県東伊豆町の港町に江戸後期から、伝わるとても可愛らしい風習です。女の子の初節句に、無病息災、良縁を祈願して、上の写真の様なお手玉サイズのお人形を55個つくり、それを紅白の輪につるして完成させます。3月に雛壇の両脇につるして飾るのが一般的ですが、もともとは雛壇の代わりとして、庶民の間で雛のつるし飾りは広まった物だと考えられています。この飾りの一つ一つには、謂れがあります。例えば地元の夏祭りに子供が演じる三番叟に選ばれた子供は風邪をひかないとされた事が伝わり、雛のつるし飾りの形に残っています。また、全国的にみられる「厄がさる」を「厄が猿」と語呂合わせで具現化した「さるっこ」等、多様な広がりがあります。本来、つるし飾りには明確なルール、様式が存在せず、わりと制作者が自由に作っていたのだと思います。何世代にもわたり、親から子に伝わる事で、形の優れている物、謂れに力がある物が残り、現在の形に安定していった物と考えます。
古いつるし飾りは残っていない?
子供が成長し7歳、成人、嫁入りといった節目を迎えると、丹念に作ったつるし飾りも、新年のどんど焼きで燃してしまうのが当たり前でした。だから古い物はそれほど残っていません。 私が見たの中でも、1920年代に作られた前田家に残る↑このつるし飾りが最も古いものです。つるし飾りが生まれてきた子の身代わりになり厄を祓い、その役目を終えると燃やし消えてしまう風習。代々伝わる作成方法が親から子へ伝わり、その度に新調されていく事が、つるし飾りの美しい特徴だと思っています。古い神社では茅葺き屋根や柱を30年に一度のペースで新しくする事で、何百年も変わらない景観を保っています。私は稲取に伝わるつるし飾りにおいても、同じ様に無駄な創作を加えず、古い様式を定着させていきたいと考えています。どの時代になっても伊豆稲取のつるし飾りと分かる様な、そんな存在であって欲しいと思います。












